2011年7月5日火曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.1

小川仁志


──『日本を再生!ご近所の公共哲学』の著者、小川仁志先生は、現在米プリンストン大学に赴任中。そのプリンストンでの研究の日々を、これから数回に渡って先生にレポートしていただきます。その第一回目、まずはイントロダクションということで。



  拙著『日本を再生!ご近所の公共哲学』をご愛顧たまわりまして、誠にありがとうございます。本来であれば、この本について日本中を飛び回ってお話しした かったのですが、今私はアメリカのプリンストン大学にて在外研究を行っています。そこでこのブログでは、本の内容とかかわらせながら、アメリカでの研究生 活を数回にわたってレポートしたいと思います。

 そもそも私がここプリンストン大学に来たのは、共同体の倫理について研究するためでし た。ヘーゲルの共同体論で博士論文を書いた後、あまりまじめに研究をしてこなかったのですが、欧米の政治哲学に関心を広げて以来、再び真剣に研究をしたく なったのです。そこで色々調べた結果出くわしたのが、プリンストン大学のスティーブン・マセド教授による『リベラル・ヴァーチューズ Liberal Virtues』という本でした。


著者のアメリカでの師匠、スティーブン・マセド

 ヴァーチューというのは「徳」という意味です。面白いことに、マセドは個人を重視するリベラルの立場からヴァーチューの重要性を訴えているのです。というのも、通常ヴァーチューは、共同体の中で育まれ、共同体を重視する人たちが主張するものだからです。
 たしかに世の中は、一人ひとりの個人を中心に考えなければなりません。しかし同時に、今の世の中にはヴァーチューが求められています。実は『ご近所の公共哲学』もそうした問題意識から書いたものなのです。ご近所の紐帯、そこで育まれたヴァーチューが日本の危機を救う鍵を握ると考えたからです(共同体の大切さについては、特に「第3章 流行りの共同体論」をご参照ください)。

 このようなことから、個人の自由とヴァーチューをうまく結びつけているマセドの考え方に、私は関心をもつようになりました。そこからは持ち前の行動力の出番です。メールを送ってアポを取りつけ、アメリカに乗り込んで彼に猛アタックしました。そこでの努力が今年度の在外研究に結実したのです。何しろプリンストン大学はハーバードと並ぶ超有名校です。そんなところに客員研究員として在籍できるのは実に光栄なことなのです。

 たとえば私の所属するヒューマン・バリュー・センターのディレクターは、チャールズ・ベイツです。コスモポリタン・リベラリズムの立場から、ジョン・ロールズの『正義論』をいち早く批判した人物です。正義が国家を越えて実現されるべきことを訴えました。最近は同様の立場から人権について論じています。

チャールズ・ベイツと、彼の研究室で

 コスモポリタンといえば、まさに『コスモポリタニズム Cosmopolitanism』というタイトルの著書をもつK・アンソニー・アッピアもヒューマン・バリュー・センターに所属しています。彼も小説を書いて賞を獲ったりしている世界的に有名な哲学者です。
 このコスモポリタニズムについては、『ご近所の公共哲学』の中でも、「第8章 地球サイズの公共性」にて論じていますので、ぜひご覧ください。ちなみにこの章では環境倫理についても触れていますが、今世界で最も有名な環境倫理学者といえば、ピーター・シンガーの名を挙げることができると思います。なんと、シンガーもヒューマン・バリュー・センターに所属しているのです。しかも、私は彼の部屋の一部を使わせてもらっています。もう毎日が感激で一杯です。

 感激といえば、これはプリンストン大学の話ではないのですが、宗教学者のレザー・アスランと友達になれたのは、こちらに来て最も嬉しい出来事の一つでした。アスランについては、『ご近所の公共哲学』の「第7章 差異と対立に満ちた社会」で触れていますので、ご参照ください。テレビでも売れっ子の若手知識人です。もちろんイケメンです。


イケメンのアスランとツーショット

 さて、このように恵まれた環境で研究を始めたわけですが、やらなければならないことは山のようにあります。他方でアメリカでは、次々と大きな問題が生じてきます。ビンラディンの殺害、大物政治家のスキャンダル、同性婚の合法化……。アメリカにいる限り、それらについても考えないわけにはいきません。まさに公共哲学の問題だからです。
 アメリカで考えたことも今後どこかでお伝えする機会があるかと思いますが、それを楽しんでいただくためにも、まずは『ご近所の公共哲学』を手にとっていただけると幸いです。

 次回は私の師匠、スティーヴン・マセドと考える公共哲学をレポートしたいと思います。お楽しみに!