2011年7月12日火曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.2

スティーヴン・マセド教授に聞く、ご近所の公共哲学!
小川仁志



──小川先生のプリンストンレポート第二回。今回は、いよいよ米国政治学の重鎮、スティーヴン・マセドとの対話です。どうやらアメリカにおいても、「ご近所」は重要な概念となりそうな気配が。


 拙著『日本を再生!ご近所の公共哲学』刊行を受けて、私の師匠プリンストン大学政治学部教授のスティーヴン・マセドと公共哲学について語り合いました。今日はその概要をご紹介したいと思います。

 軽く語り合ったと書きましたが、日本にいたらそう易々と話ができる人物ではありません。こちらでいうなら、いわば「マイケル・サンデルと語り合って来ました」というのと同じです。というのも、マセドはアメリカ政治学会の重鎮で、20数冊の編著書をもつ政治哲学の大家だからです。年齢も50代前半でサンデルと同世代です。休日短パンで部屋の整理をするマセドに時間を割いてもらい、いくつか質問をぶつけてみました。

『ご近所の公共哲学』を手にするマセド

 まず、そもそも公共哲学とは何か、政治哲学とどう違うのか尋ねました。マセドは、政治哲学のほうがより専門的で、一般の人にとっては距離のある学問ではないかといいます。そして公共哲学のほうが取り扱う対象が広く、より一般の人に広く開かれているというのです。たしかに私の今回の本も、幅広く問題を扱っています。

 学問としては公共哲学のほうが新しい感じがしますが、実はソクラテスの時代から人々が親しんできた「哲学」という学問は、公共哲学にほかならないというわけです。その意味では、公共哲学のほうがご近所の営みとしてはよりふさわしいといえます。マセドも「ご近所の公共哲学」という表現に賛同してくれました。

アメリカンドリームはご近所から始まる!

 そこで次に、ご近所は公共哲学の担い手として主役になり得るかどうか尋ねてみました。マセドがこの質問を聞いて開口一番口にしたのは、「学者はご近所について勉強が足りない」という興味深いセリフでした。ローカルレベルにおけるご近所の意義を軽視した結果が、様々な不公平を生んでいると、彼はいいます。とりわけ地域における公教育の意義や政治参加促進の意義を重視します。

 ちなみに、マセドのいうご近所は、生活圏において何らかの交流がある人を指しています。具体的には数十人から数百人規模だそうです。今こういう範囲のご近所でさえ、交流が減りつつあります。マセドもそのことを危惧していました。ご近所は主役になり得るかどうか。結局この問いに対する答えとしては、マセドの次の一言がすべてを物語っているように思います。「アメリカンドリームはご近所から始まる!」。なるほど……。

 さて、ではそんな潜在力をもったご近所は、悩めるアメリカ社会にどのような福音をもたらしてくれるのでしょうか。奇しくも来年は4年に一度の大統領選挙の年です。こちらではすでに戦いの火ぶたが切られています。オバマ政権の引き起こした経済低迷からの回復が最大の課題ですが、そのほかにも懸案の国民皆保険問題や格差問題など、多くの難題が争点になっています。

 マセドは政治にはお金がかかるといいます。これは何も政治活動のことではなく、社会を運営するには税金がいるということです。しかし、アメリカでは個人主義が根強く、どうしても思い切って税金を上げることができません。国民皆保険が実現できないのもそれが理由です。それどころか財政難を理由に、公教育のための予算など、削ってはいけないものまで削られ始めているのです。

 基本的にマセドはリベラリズムの立場をとるため、個人主義そのものを批判しているのではありません。問題なのは「極端な」個人主義です。したがって、「ご近所」はアメリカでも、極端な個人主義が引き起こす問題を解決する鍵になりうるといいます。

助け合い、秩序、美徳が自信を取り戻す鍵に

 最後に、今日本の置かれた厳しい状況について、マセドの見解を聞いてみました。まず失われた20年と呼ばれる経済低迷については、高齢化を止めるための有効な手を打たない限り解決は難しいと見ているようです。この点アメリカは移民を受け入れているため、問題ないのです。

 そして何より自信を取り戻す必要があるといいます。たしかに日本人は、長い経済の低迷のせいで、個別の問題を解決する以前に、一番大事な気力を失っているかのように見えます。逆説的ですがマセドは、震災の際見せた日本人の助け合いや秩序、あの美徳が自信を取り戻す鍵ではないかといいます。これは重要な指摘であるように思います。

 さらに原子力発電所の問題についても言及してくれました。アメリカにも同様の問題があるからです。マセドは三つの事項について再構築を求めます。つまり、透明性確保の方法、安全性基準、政府の管理体制です。これらについても、直接影響を受けるご近所のかかわる余地が大きいといいます。

「ご近所の力」は日米共通のキー概念に

 マセドとの対話は時折道をそれながらも1時間ほど続きました。彼には『リベラル・ヴァーチューズ Liberal Virtues』という著書があります。コミュニティによって育まれる徳こそが社会の問題を解くカギであり、それは個人を尊重することと決して矛盾しないという主張です。これは、ご近所が生み出す底力こそが社会の問題を解決するという、『ご近所の公共哲学』の主張に相通ずるものといえます。どうやらマセド教授のもとで進めるアメリカでの研究は、『ご近所の公共哲学』の延長線上にあるといえそうです。