2011年8月26日金曜日

『ご近所の公共哲学』が公明新聞で紹介されました


 小川仁志先生の『日本を再生!ご近所の公共哲学』が、8月22日付公明新聞の書評欄で紹介されました。ご高評いただいたのは、大阪大学大学院 臨床哲学研究室の中岡成文先生です。中岡先生、ありがとうございました。

公明新聞2011年8月22日書評面より

 ここに書かれてありますように、中岡先生と小川先生が、地元徳山での哲学カフェで対話……ということになったら、とても素敵だと思います。小川先生がプリンストンからお戻りになった暁には、ぜひ実現しますことを。

2011年8月25日木曜日

9月新刊の予告です

 「生きる技術!叢書」、9月の新刊の予告です。

 今回お届いたします本は、岩田健太郎著『ためらいのリアル医療倫理』。
 このタイトルをみてピンとこられた方、かなりの「タツラー」とお見受けしました。
 そうです、このタイトルは、内田樹先生の物書きとしてのデビュー作、『ためらいの倫理学』からいただいたもので、

   自分の正しさを雄弁に主張できる知性よりも、自分の愚かさを吟味できる知性のほうが、
  私は好きだ。(内田樹『ためらいの倫理学』)

という「ためらいの姿勢」を、正しい・正しくない、白か黒かの二元論でつい語られがちな医療の分野にあてはめて、考察してみようというものです。

 著者の岩田健太郎先生は、神戸大学大学院医学研究科の感染症医で、数多くの医学専門書のほか、最近は『「患者様」が医療を壊す』『予防接種は「効く」のか?』などの医療系読み物も手掛けられている駿英。内田先生の『最終講義』のなかでも、「ブーンという回転音が聞こえる」くらい頭の回転が早い人の一人として、登場されています。

 今回、帯文をご本家の内田先生にお願いしているのですが、一足先にゲラを一通り読まれた先生より、下記のようなツイートをいただきました。


 もちろん、担当編集者 A藤も、その面白さについては太鼓判を押させていただきます。

 現在、編集の追い込み作業を鋭意続行中ですが、ブックデザインなども確定しましたら、もう少しくわしい情報とともにお知らせするとして、とりあえず第一報アナウンスさせていただきました。9月23日発売予定です。ご期待ください。

2011年8月15日月曜日

プリンストンでご近所の公共哲学について考える Vol.4

シェルドン・ガロンに聞く、ご近所の公共哲学!
小川仁志



──小川先生のプリンストンレポート第四回は、歴史学者のシェルドン・ガロン教授との対話。日本が長期債務を克服し、今後も世界から尊敬される国であり続けるための、ガロン教授が考える二つの方策とは?


 今回は歴史学者シェルドン・ガロン(Sheldon Garon)教授との対話です。彼は一貫して日本の現代史を研究してきた人物です。とりわけ戦後日本の奇跡的な復興と経済発展に関心をもっています。日本の成長は、よく働き、かつ節約に心がける日本人特有のメンタリティがプラスに働いたためだと見ているようです。さて、そんなガロンは、ご近所の公共哲学についてどんな反応を示すのでしょうか。

■日本のご近所は「ソーシャル・マネジメント」

 まず尋ねてみたのは、日本社会におけるご近所の特徴についてです。驚いたのは、彼の分析によると、ご近所は何も日本に特有のものではなく、とりわけヨーロッパの街には日本のご近所に似た密なコミュニティがたくさんあるという点です。むしろ例外はアメリカぐらいだそうです。

 しかしその中でも、政府のかかわり方が強いために、よく統制がとれているという点において、日本のご近所は傑出しているといいます。それは3.11の大津波とハリケーンカトリーナの対応の違いを見れば明らかだというのです。つまり、日本では、津波の後ご近所の助け合いが目につきました。町内会できちんと名簿をつくっているため、誰がいないのかよく把握しているというのです。しかも、そうした災害時用の名簿は行政主導で整備されているのです。他方で、カトリーナの時はそういうものもきちんと整備されておらず、混乱したそうです。

 彼はこうした官製のご近所のことを「ソーシャル・マネジメント」と呼んでいます。それは、官の意向を受けて、統率のとれた指揮命令系統の中で働くご近所の人たちを指しています。つまり、ガロンにいわせると、日本の社会は何から何まで官が手とり足とり面倒を見ているというのです。民生委員はもちろんのこと、本来官がかかわるべきでないボランティアでさえ官製だと揶揄していました。

戦後日本の奇跡的な復興に関心を持つガロン教授

 しかし、無縁社会をはじめ、そんなご近所が今機能不全に陥っているのは事実です。彼にそのことについてどう思うか聞いてみたところ、都会は別として、田舎では十分機能しているほうだという返事が返ってきました。

 反対に都会ではどうすればいいと思うか聞かれたので、コミュニティを活性化するための最低限の相互扶助について持論を展開しました。すると即座に、「これまで政府が町内会を活性化しようとしてやってきた試みとどう違うのか?」「何がきっかけでそれが可能になるのか?」「行政なしでできるか?」といった質問が矢継ぎ早に返って来ました。

 これらに対する私の返答は次のようなものです。つまり、これまでの行政の要求はハードルが高すぎたのが間違いだと思うのです。また、行政なしでも市民社会のリーダーたちが立ち上がれば活性化は可能だと考えています。そのために、私自身も活動をしているわけです。

■too closed, too old.

 ここで、ガロンに日本の長期債務についても聞いてみました。倹約をし、奇跡的な経済成長を成し遂げたはずの素晴らしい日本社会が、どうして800兆円を越える長期債務に苦しんでいるのか。ガロンの見解はこうです。彼によると、よく統制されているという点とトレードオフ関係にある受動性、孤立性、閉鎖性が問題だといいます。

 つまり、新しいものを取り入れようとしないことで、時代の変化に対応できず、若者のチャンスも奪っているというわけです。さらに、頑なに移民を受け入れないことで、社会が行き詰まってしまっているとも見ています。

 では、どうすればいいのか? 率直に尋ねてみました。日本がこの長期債務を克服し、今後も尊敬される国であり続けるにはどうすればいいのか。ガロンは二つあるといって次のように答えてくれました。

 まず先ほども出てきたように、良質な移民を受け入れることを真剣に考えるべきだということです。スキルの高い移民によって労働力を補い、社会を活性化するという意見です。陸続きのヨーロッパと異なり、島国の日本は違法な移民をコントロールできるはずだともいっていました。もう一つは、女性が働きながら子どもを産めるシステムを機能させることだといいます。今の男女共同参画は絵に描いた餅で、まだまだ日本の女性は縛られていると見ています。

ガロン教授との対話

 70年代、かつて彼が若かりし頃日本社会を見た時は、皆走っているように見えたといいます。しかし、今はあまりにも落ち着いてしまっているというのです。”too closed, too old.(閉鎖的過ぎ、古過ぎ)” が今の日本の印象だそうです。何とも厳しい意見ですが、おそらく事実なのでしょう。

 最後に、「それでも日本はいい国だと思いますか?」と尋ねると、ガロンは「とんでもない。いい国じゃなくて偉大な国だ」とほほ笑んでくれました。日本が本当に偉大な国になるために何ができるのか、改めて考えさせられたひと時でした。



2011年8月2日火曜日

シリーズ丸ごとご紹介いただきましたの巻


日経新聞(2011/7/31付)で、「専門的な内容を扱いながら、日々の生活に取り入れることができるようなつくりになっている」と、『生きる技術!叢書』をご紹介いただきました、ありがとうございます!


シリーズ第一弾が哲学、宗教ときて、第二弾が、ビジネスに即使える実践的自己変革講座、そして、山歩きの魅力から生きることの本質をつかみ出す冒険の書、の2冊となっている当シリーズですが、この領域横断スタイルを貫いた挙げ句どこまで行ってしまうのか? をぜひ皆さまにお楽しみいただけたら幸いと思います。

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